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2019年 8月29日


最近は腹に据えかねたことがある時だけ書くようになりました。
今日も・・・。

怒髪天を突くとはこのことかと思うばかりの事がありました。
高校野球U-18杯大会で渡韓する日本代表チームが、日の丸を外した無地のポロシャツを着用すると聞き、ドラゴンボールの孫悟空みたいに髪の毛が逆立ちました。

日本高野連の事務局長は、高校球児の安全を考慮したと説明し、日韓関係悪化の中、「韓国人を刺激したくない」とフザケた台詞を吐きました。
冗談じゃない。
相手国の国民感情に配慮して、自国民のプライドを踏みにじるとは、何たる暴挙でしょう。
胸の国旗を外せば、国を代表する資格はない。
こんな単純な理屈も分からないのか。

そもそも、大事な選手の身に危険が及ぶと判断したなら、なぜ、即座に参加を辞退しなかったか。
反日で盛り上がる韓国の異常さを目の当たりにすれば、ドタキャンしたところで誰も驚かない。

つまる所、彼らは危険を察知しながら、平然と若者たちを敵地に送り込み、国旗を排除して、わが国の栄誉と威信を著しく傷つけたのです。
高野連なる組織は、国賊以外の何者でもない。

もっとも、さすがに世間が猛反発したため、関係者もこりゃマズイと慌てたか、翌日になって、「球児たちは『日の丸』を背負って戦います」と報じた。
その記事を読むと、「今後は試合外で着用するポロシャツは、日の丸が入ったものを使用する他、試合では従来通り、日の丸のユニフォームでプレーします」とある。
何だ、そりゃ?

わざわざ「日の丸のユニフォームでプレイ」と断るところを見ると、もしや当初は選手たちに無地のユニフォームを着せるつもりだったのでしょうか?

昨秋、旭日旗の掲揚自粛を韓国から執拗に求められ、日本政府が軍艦派遣を見送った経緯を思い出すがいい。
相手にどんな事情があれ、国を代表する者が「無国籍」を装うなど、絶対にあり得ない。
国際大会の舞台に登場する以上は、コレぞニッポン、と一目で分かる衣装を身にまとうのが当然です。

ところで、その高野連ですが、公益財団法人を名乗るものの、政治的に偏向した団体らしい。
何も、朝日・毎日両新聞社が全国高校野球大会の主催者だから、そう勝手に想像する訳ではありません。
驚いたことに、役員名簿の最上段、最高顧問の筆頭、松前太郎氏は元日本社会党所属の参議院議員を4期も務めた左翼の巨魁で、脇を固める渡辺氏と丸山氏は、朝日と毎日の現役の社長です。

これでは今回の白いポロシャツ事件も、偶々、実務担当者が愚かだったのではなく、意図的に日本を貶めて韓国を喜ばせる「政治活動」だったと考える方が、自然だし辻褄が合います。

ふと思う。
炎天下の試合を強行し、非人道的なほど膨大な球数を投げさせる裏には、日本人の若者を虐めて潰す悪意が隠れているかも知れない。
高野連如きに、未来のある球児を託していいのでしょうか?





2019年 8月5日


韓流反日宣伝が芸術なのでしょうか。
「芸術とは何か?」との質問に答えるのは結構難しいですよね。
昔『芸術とは爆発だ』と言った人がいましたね。


岡本太郎

絵や彫刻、小説、音楽や映画・演劇、ファッションなど、いろんなモノが頭に浮かぶけど、要領よく一言に纏まりません。

ネット検索をしたら「表現者あるいは表現物と、鑑賞者が相互に作用し合うことなどで、精神的・感覚的な変動を得ようとする活動」とある。
ああ、さすがはお手軽辞書のWikipediaだ、なるほどね。
でも、表現や表現物が芸術だとするなら、何でも範疇に入りますよね。
これもアート、あれもアート、森羅万象が芸術です、ということなのでしょうか。
ゆえに、芸術祭なら何をやっても許されると、「あいちトリエンナーレ」の主催者は考えたのでしょう。
「表現の不自由展・その後」が物議を醸すなら、「ゲージツです」で押し切れると思っていたのでしょう。
ふざけちゃいけない。
慰安婦像は元々は在韓米軍に轢き殺された少女を模したそうですが、コレを慰安婦(戦地娼婦)像に仕立てて展示するかと思えば、昭和天皇の御真影写真を燃やして踏み潰す。
さらには安倍首相の人形を作って、その口にハイヒールを突っ込む。
そして展示会場には、なぜか朝鮮民謡を流す。
こうなれば韓流反日運動の直輸入ではありませんか。
私はあまりの不快さに吐き気を催しました。

勿論、外国の運動を真似て、あえてわが国で披露したがる連中もいるし、ソレを見て喜ぶヘソ曲がりも、少数ながらいるのだろう。
しかし、あくまでも私的にこっそりやればいい。
愛知県と名古屋市と文化庁から、10億円、10億円、もう一度10億円、にも上る巨額の公的助成金を得て実行すべき催しでは、絶対にない。
侮辱を受けた上、税金を掠め取られる日本国民が、激怒するのは当然ではありませんか。

この狂った企画を立てた芸術監督(?)は、津田大介なる人物と聞く。
どこの誰か知らないのでネットで調べると、『金髪ブタ野郎』呼ばわりされているが、確かに見掛けはそうかな・・・。
この津田大介なる人、たいした人じゃないですか。
この様な人に10億円もの助成金を出すのですから、愛知県と名古屋市と文化庁という役所は他にもどの様に公的資金を使っているのでしょうか。

まず承認したのは大村知事だったそうです。
このヒト、中止決定に追い込まれたのが余程悔しかったのか、己の不始末を謝罪するでもなく、「河村市長の展覧会批判は憲法違反だ」と筋違いに怒る始末。
ガソリン放火を匂わせる物騒な脅しのファックスを受けたと、揃って深刻な表情を見せるが、ソレだけで被害者面に徹するあたりは、よほど神経構造があちら風なのでしょうか。

大村知事、河村市長の二人が「あいちトリエンナーレ」向け助成金の着服を狙ったとは考え難いが、反日組織に活動資金を提供する目的だった可能性は否定出来ません。
国は徹底的に捜査を進めるべきだろう。

さて、アレコレ云っても、たかが一地方で開催された展覧会じゃないか。朝鮮系パヨクの暴走はいつものコト、放っとけ、放っとけ、と考える太っ腹な人たちもいると思います。
そこで、本件の顛末を報じた共同通信の英文記事 ’Japan art festival halts exhibition of "comfort women" statue’ を紹介します。
冒頭にこうある。

A major art festival in central Japan shut down Saturday one of its exhibits featuring a statue symbolizing "comfort women," who were forced to work in wartime Japanese military brothels, following a flurry of protests, the organizer said.

「中部日本で開催された主要な芸術祭が土曜日に中止決定。戦時中、日本軍用の売春宿で強制的に働かされた『慰安婦』を象徴する作品が、展示に含まれていたため」

続く本分で、日韓の緊張関係を伝え、「表現の不自由展・その後」の主催者側に語らせる形で、日本が不当な検閲で「表現の自由」を侵害しているかのように書く。
詰まるところ共同通信の記事は、捏造の慰安婦ネタを用いた日本批判であり、韓国側の主張にリンクする内容と分かる。
あろうことか、日本の大手メディアが、敵国の対外宣伝の片棒を担いでいるのです。

芸術に名を借りた下劣な韓流反日宣伝で、日本国民のプライドを傷付けて、怒らせる。
騒ぎが起きた途端、「(加害者)日本 vs (被害者)韓国」の構図に見立て、国際社会に日本の悪印象を拡散する。
コレが日本のマスコミです。
ナント情けない。

大多数の国民の夢であった「日韓断交」が、安倍政権の英断によって現実化しつつある今こそ、わが国を隅々まで汚染する反日政治勢力を一掃すべし。
そう感じざるを得ない。






2019年 7月7日


時々しか書けなくなりましたが、今日は新聞を読んでいて一人のミュージシャンが亡くなったと知り書くことにしました。

喫茶 大工集団 欅では夏になるとボサノヴァ(Bossa Nova)をよくかけます。
ボサノヴァは夏によく合い、ジャズミュージシャンもよく取り上げていますからね。

今日、「ボサノバの父」,「ボサノヴァの神」、「ボサノヴァの法王」と呼ばれた、歌手でギタリストのジョアン・ジルベルト(João Gilberto Prado Pereira de Oliveira)氏が6日、リオデジャネイロの自宅で亡くなったとブラジルのメディアが伝えた。
88歳でした。

近年、体調を崩しているとは聞いていましたが、偉大なミュージシャンがまた一人いなくなりました。


Bossa Nova の Nova とはポルトガル語で「新しい」、Bossa とは「隆起、こぶ」を意味するそうです。
ですから Bossa Nova とは「新しい傾向」「新しい感覚」などという意味なのだそうです。

ボサノヴァは1950年代後半、リオデジャネイロのコパカバーナやイパネマ(Ipanema)といった海岸地区に住む白人「中産階級」の学生やミュージシャンたちによって生み出されました。
ブラジルでのヒットのきっかけは1958年にアントニオ・カルロス・ジョビン作曲、ヴィニシウス・ジ・モラエス作詞、ジョアン・ジルベルト歌・ギターによる“Chega de Saudade”(邦題:想いあふれて)のシングルレコードによってでした。
ただしこの時点ではボッサ・ノヴァという呼び名はまだ生まれていなかったとか。

要するにジョアン・ジルベルトはボサノヴァを作った創始者ともいえる人なのです。

64年のアルバム「ゲッツ/ジルベルト」収録で、元妻のアストラッドさんと歌った「イパネマの娘」は世界的な大ヒットを記録し、ボサノバの代表曲となり、アルバムとともにグラミー賞を受賞しました。

2003年、72歳になってようやく初来日しました。

今日一日、喫茶大工集団欅はジョアン・ジルベルトのアルバムをかけることにします。

合掌




2019年 5月2日


書きたいことは山ほどあったのですが・・・・、またサボりました。
追々書くことにします。

昨日は歴史的な日になりました。
令和になったので、コレは書かないと活けないと思いこうして書き始めました。


あけまして、おめでとうございます!・・・と、ご挨拶すべきかな。
平成から令和に元号が変わリ、新時代の幕が開けました。

平成最後の日は、陽気なお祭り騒ぎが最高潮に達し、ハロウィンや大晦日同様、渋谷のスクランブル交差点で揉みくちゃになる奴、道頓堀にダイブする奴まで現れましたね。

一夜明けて、新天皇が即位された令和の初日は、国全体が祝賀ムードに包まれました。
天皇皇后両陛下の車列を一眼拝もうと、沿道を埋め尽くした市民が、手に手に日の丸の小旗を打ち振るのをテレビで見て、『いいね。こんな「改元」もいいじゃないの』と納得しました。
30年前の昭和天皇崩御による悲しみと憂いに満ちた代替わりとは、趣が異なり、明るく楽しく、誰もがウキウキと心を躍らせたのではないでしょうか。

正直にいうと、新天皇による証書渙発も待たず、即位のひと月も前に政府が元号を制定するのは、何かヘンだろ?と疑問を感じていたのです。
そもそも、先帝陛下が「譲位」のご意志を述べられた際、あれっ?終身在位では?と首を捻り、政府やメディアが連発する「退位」は意味合いが違うぞ、と違和感を覚えていた。
譲位と改元に関する政府の動きがやや僭越にも見え、「不敬」なんて言葉がちらりと頭の片隅を過ぎったりもした。
皇統の破壊に繋がりかねないと、少し不安にもなったのです。

ところが、そんな疑問や違和感や不安は、あっさり氷解した。
日本中が晴れやかな気分で新しい時代の幕開けを迎えることが出来た。
素敵じゃないか、コレも安倍政権の功績でしょう。

皇室を中心に全ての日本国民が結束し、国の弥栄を願い祈る。
こうやって、われわれ日本人は三千年近くの歴史を紡いできたのです。
そして、これからも永遠の未来に繋げる。

聞くところ、先帝陛下まで125代続く皇統の内、57代の皇位継承が「譲位」によって行われ、126代の今上陛下への代替わりも、皇室の歴史と伝統に反するものじゃないそうだ。
明治の新政府が皇室典範により「一世一元」と定めたから、そうなっていたのが事実らしく、当然ながら、背景には国内外の情勢があり、政治的意図が色濃く滲む。

伝統と云っても、実際に歴史を遡ると、案外短い期間の慣習だったりするものだ。
精々、己の両親か爺婆世代くらい迄の様式や常識しか知らず、ソレが古来続いてきたと錯覚するのが、人の常ですよね。

幸いにして、わが国には膨大な量の歴史資料が保存されています。
過去の事実をよく認識し理解することが、努力次第で可能なのです。
思い込みを捨てて、歴史の真実に向き合いたいと思う。

さあ、皆さん、素晴らしい令和時代を築きましょう!





2019年 2月25日


久しぶりに書くのですが、昨日は二人の友人が亡くなったことを書かねばなりません。
一日に二人も友達を亡くすなんて・・・。
この年になると友人をなくすことが多くなります。

永田は1歳年上で喫茶大工集団欅のお客様として知り合いました。
自分で職業を『ヒモ』と言っていました。
確かに数年前までは無職で、パチンコと麻雀をして一日を過ごしていました。
そんな彼でしたがイイ奴でした。

もう一人は20年位前に知り合ったドナルド・キーンです。
いや、キーン・ドナルドです。
世界的な日本文学者である彼が東日本大震災を契機に、コロンビア大学を退職後は、日本国籍を取得し日本に永住する意思を表明した時は驚きました。

帰化した後に名刺をもらうと漢字で「鬼怒鳴門」と書かれていました。
「漢字の名刺は人を笑わせるために使います」と話して笑いを誘った。
「It's possible to be happy here(今の日本で、僕は幸せ)」と言っていたのが日本人として嬉しかった。
いくら日本文学者とはいえ私よりも日本語が上手く、冗談も機転が利いていて親しみやすい人でした。

貧しかった少年時代、飛び級で奨学金をもらってコロンビア大学に入学、好きなのはオペラ、戦時中は日本語通訳として従軍、捕虜になったことを恥じて死を求める日本兵を「日本の再建のために生きるべきだ」と説得した、戦後に知り合った多くの日本人作家・・・。
話をしていても波瀾万丈の人生でした。

彼の人生を変えたのは安かったというだけの理由で買った『源氏物語』でした。
日本と日本文学をこよなく愛し、自在に日本語を操り、多くの日本人文学者と親交を深めた。
英語と日本語の双方で執筆し、海外に広く日本文学を紹介するとともに、日本人に古典文学の魅力を再認識させてくれました。

   二人に合掌。





2019年 1月15日


20年前にこの地に引っ越してきました。
廻りは田んぼだけで何もないところでした。

その後、国道の反対側に未智の里という団地が出来ました。
数年前には北側に家が建ちました。
一昨年、昨年と続いて国道の拡幅工事が行われました。
そして、今回は喫茶大工集団欅の前の道が山の中に延長される工事が始まりました。
廻りに何もなかったところなのに、いろんなものが作られてゆきます。


何もなかった田舎に引っ越してきたのに、まさか廻りにこんなにいろんなものが作られてゆくとは思ってもみませんでした。

今度の林道工事は近くにある体育館が避難場所であるため、裏山に堰堤を作るための工事用道路です。
林道が完成すれば堰堤の工事用車両が通ることになります。
そして堰堤の工事が終われば散策道となると思います。

工事期間中は駐車場に入りにくくなる事もあるかもしれませんが、今まで通り喫茶店は営業します。





2019年 1月5日


大工集団欅は4日より営業しております。
本年もよろしくお願いいたします。

ところで、年初に
は今年の目標や希望を考える人が多いと思いますが、私の今年の目標は・・・。
蜜蜂の育生です。

と書くと突飛と思われるでしょうが、随分以前より考えていたのです。
それをいよいよ今年やってみようと決めました。


蜂蜜が体によいことは皆さんもご存じの通りですが、ストアで売られている蜂蜜は中国産の物ばかりで・・・、『純粋ハチミツ』と表示されていても、その裏のからくりがあることを知り購入できませんでした。
更に近年では農薬の問題があり蜜蜂が大量に死んでしまい、ハチミツが高騰しています。

そのため以前より養蜂をしてみたかったのですが、熊に蜜蜂の巣箱を荒らされると聞いて諦めていました。
それでも蜜蜂の生態を調べていると、とても可愛い生き物であることを知り、『飼ってみたい』という思いがずっとありました。

そんな思いを持っていたところ、大工集団 欅のお客様の竹田さんが養蜂をしていると知り、教えていただくことになりました。
養蜂の道具一式も年末に買い求め、蜂たちは春に届くことになっています。
待ち遠しい。

せっかくこの様な山里へ引っ越したのですから、山里ならでわの遊べることは多くあると思い、7年前よりヤギの飼育を始めました。
ニワトリの飼育もしてみたいのですが・・・。
今回は蜜蜂です。

『ブンブンブン♪ハチが飛ぶ♪』の童謡でおなじみのミツバチですが、西洋には「ミツバチの歴史は人類の歴史」と言うことわざがあるほど、古くから人間と密接な関係にあるようです。
真っ先に思い浮かぶのは蜂蜜を集めてくれることですが、他にも数多くのすばらしい能力や生態を持っているのです。

蜜蜂の生態は驚くものでした。
大家族で生活する巣には、育児、巣の掃除、食料の貯蔵、防衛(門番)、エサ集めなどのたくさんの仕事があります。
これらの仕事は働き蜂が行い、若い蜂から順に担当する仕事が決まっているため、皆が同じ仕事をしているわけではありません。
巣のひとつひとつの部屋(巣房)の構造は六角形です。
この六角形の巣房が数千個集まったものを巣板といい、セイヨウミツバチではこの巣板何枚かでひとつの巣になります。
働き蜂は腹部にある蝋の分泌腺から出る蝋を使って、触角を定規にしながら性格に六角形を作ります。
さらにミツバチはそれぞれ勝手に花に飛んでいってるわけではありません。
いい蜜源(蜜を採集することができる場所)を見つけた働き蜂は巣に戻ると、ダンスを踊って花のあった方向と距離を伝えるのだそうです。
また、体についた花の匂いも手がかりになるようです。
ダンスで情報を得た働き蜂は、教えられた距離や方向に飛んでいき、いい蜜源を利用するようになります。
蜜蜂がダンスを踊ることを知っていましたか。
可愛いでしょ。

彼らは1日に平均10~15回(花蜜では最大150回)も巣を往復するそうです。
蜜蜂が生きる期間は4から5ヶ月だそうです。
1匹の蜜蜂が一生に集める蜂蜜は、わずか小さじ一杯くらいだそうです。
彼らが一生懸命毎日働いて集めた蜂蜜を人間はいただいているのです。
蜂蜜だけではありません。
ローヤルゼリーやプロポリスもいただけるのです。
ありがとう、蜜蜂たち。

その他にも驚く生態を多く知りました。
今後少しずつ書いてゆきたいと思います。





2019年 元旦


2019年の幕開けの日となりました。
本年も大工集団 欅、喫茶 大工集団 欅、洋菓子 Keyakiを宜しくお願い致します。


皆様は大晦日、元旦をいかがお過ごしでしたでしょうか。
私たち二人は毎年決まった行動をしております。

大晦日には家内がお餅を袋詰めにし、私は神棚の清掃と店の門松、家の注連飾りを付けて、夕方から外出をします。
元旦の早朝に帰ってきて、おやすみなさーい、です。

元旦はお寝坊です。
10時頃に起きて、家内が用意してくれたお雑煮とおせち料理を食べます。
この時だけは年に一度、私もお酒を頂きます。
今年はいただき物の菊姫の大吟醸でした。


こうして今年も二人の一年が始まりました。